東京高等裁判所 平成12年(く)206号 決定 2000年5月26日
少年 T・I(昭和55.11.2生)
主文
原決定を取り消す。
本件を新潟家庭裁判所に差し戻す。
理由
本件抗告の趣意は、少年本人作成名義の抗告申立書並びに附添人弁護士○○作成名義の抗告申立書及び同理由補充書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。
第一法令違反の主張について(附添人作成名義の抗告申立理由補充書第1の2)
論旨は、要するに、原決定は、少年が非行事実以外に違法薬物を2回使用したことを、少年の自白のみに基づいて認定し、しかも、これを処遇選択にあたっての決定的事実として扱っているから、原決定には、決定に影響を及ぼす法令(憲法31条、38条3項、39条)違反がある、というのである。しかし、原決定は、本件非行が違法薬物の施用であることから、要保護性の認定にあたって、その一要素である違法薬物に対する親和性を推知するために、その一資料として非行事実以外の2回の使用を認定したものであり、そのこと自体に何ら違法な点はなく、また、当該事実を自白のみに基づいて認定した点にも違法な点はない。法令違反をいう論旨は理由がない。
第二事実誤認の主張について(附添人作成名義の抗告申立書第2及び同理由補充書第1)
論旨は、要するに、原決定は、少年が施用した麻薬(原決定非行事実記載の麻薬、以下「本件麻薬」という。)の量を「錠剤若干量」と認定したが、これは約0.15グラムの限度で認定すべきである、というのである。
関係証拠によれば、市販の医薬錠剤を参考にすると、本件における施用量は右程度の値になる可能性が高いと認められるものの、本件麻薬の錠剤の正確な大きさや比重の正確な数値は不明であるから、原決定が錠剤若干量と認定したことに事実の誤認はない。論旨は理由がない。 なお、所論のうち、非行事実以外の違法薬物の使用及び少年の性格等についての事実誤認の主張は、処分不当の前提となる事実に関する主張と認められるので、後記第三において、必要に応じて検討する。
第三処分不当の主張について(少年作成名義の抗告申立書、附添人作成名義の抗告申立書第3及び同理由補充書第3)
論旨は、要するに、少年を中等少年院に送致した原決定の処分は著しく不当である、というのである。そこで、原審記録及び当審における事実取調べの結果(附添人提出の資料)に基づいて検討する。
一 本件は、平成12年2月20日、少年が遊び友達のAらと遊んでいたところ、女性グループをナンパして少年側の一人のアパートに行き、男性4名、女性5名(少年以外はいずれも21歳前後)で飲酒しているうち、Aが本件麻薬を持ち出して少年らに勧めたことから、少年が錠剤半分を服用した事案である(このときAと女性3名も服用している。)。なお、本件麻薬は、麻薬及び向精神薬取締法別表第1の75号を受けた政令に指定されている麻薬(同政令1条の20、別名MDMA)で、俗にエクスタシーと呼ばれているものである。
二 少年の生活史等をみると、少年は、高校1年の途中でサッカ一部を退部し、サーフィンやバイクに興味を覚える一方、学習意欲は低下して、高校2年の平成9年9月に学校を中退した。その後、サーフショップで5か月間働いたものの、平成10年3月以降は、父母が経営する生花店をときおり手伝う程度で、ほとんど無職の状態であった。少年は、高校中退のころから髪を染めて長髪にし、平成10年ころには足のすねに入れ墨を入れた。少年は、平成9年夏にAと知り合い、平成11年以降、海に行ったり食事をしたりして親密な交際をするようになり、平成12年1月からは、一緒に行動することが多くなって夜遊びも増えた。ところで、Aは、平成10年ころ暴力団幹部と親しくなって、その組事務所に出入りするようになり、後に組員となったが、少年はAが暴力団組員であることを知った上で付き合っており、Aが少年の前で他人に暴力を振るったこともあった。少年は、平成12年1月ころ、Aから「エックスだ」と言われて本件の物と似た錠剤をもらい、これを飲んでみたが、さしたる効果は感じなかった。そのころ、覚せい剤密売人らしき人物から、覚せい剤の試供品ということで若干の結晶をもらい、加熱気化させて吸引した。
以上を踏まえて考えると、少年の問題行動としては、<1>サーフショップ退職後、遊び中心の生活をするようになったこと、<2>その中で、暴力団員であるAとも抵抗感なく付き合い、Aが暴力を振るう場面に出会っても付き合いを続けていたこと、<3>同時に違法薬物への興味も強め、本件を含め3回にわたり、Aらから抵抗なく受け入れていること(本件以外の2回については、少年の自白以外に証拠がなく、所論のとおり、実際に違法薬物であったのかは明らかでないが、少なくとも、少年が違法薬物と認識しながら安易に使用したことは認められる。)、を指摘することができる。加えて、鑑別調査の結果、調査官による調査結果を総合すると、少年には、その外見にも現れているように流行の若者文化への傾斜がみられるところ、さらにすすんで、積極的に社会規範を軽視する傾向や、違法薬物の使用を先端の若者文化と感じる傾向が窺われ、今後、暴力団や違法薬物への接近を強めていくおそれは否定できないところである。一方、両親は、少年と同居しているものの、近年の少年に対しては放任といわれてもやむを得ない状況で推移しており、このような事情に照らせば、原決定が、少年の要保護性は高いとして、一般短期処遇の勧告を付した上、少年を中等少年院に送致したことも、それなりに理解できないわけではない。
三 しかしながら、他面で、次の事情も存在する。少年が違法薬物と接触を始めたのはごく最近のことである。その回数も多いとはいえず、いずれもAから勧められるなど受動的な態様であり、少年が積極的に求めたことは窺われない。Aとの関係については、A自身の暴力団員としての活動実態が明らかでないが、少なくとも、少年が、組事務所に同行したり、Aが暴力団的な不良行為をすることを知りながら、これに同行したりした様子はない。二人の関係は今のところ遊び仲間であり、少年自身に暴力団への傾斜はないと認められる。また、A以外には、暴力団関係者や薬物使用者との交際は認められない。
少年には、これまで家庭裁判所の係属歴がなく、補導歴もない。Aとの交遊が始まってからも、前記薬物関係以外に何らかの非行に関わった様子はなく、もともとの少年にはそれなりに規範意識が備わっていたともいえ、現在の少年には、前記のように社会規範を軽視する等の問題傾向があるものの、その深刻さについてはなお検討の余地がある。そして、少年は、十分とはいえないまでも、観護措置など本件一連の手続を通じて、自己の問題性や薬物濫用の違法性を認識するに至り、今後については、Aとの交際を絶つと述べ、仕事に就く意欲を示している。生花店を経営する両親も、もともと監護の意欲と能力は有しており、これまでも節目においては、少年や教師、雇い主と話し合うなど、熱心に監護に当たったこともあり、今回の事件を機に、これまでの放任的であった態度を改めて、生花店で働かせたいと申し出ている。従来、親子関係自体には特に問題はなかったことから、19歳という少年の年齢を考えても、今後、両親による監護にも一定の効果を期待することができる。
右の事情に照らすと、少年については、社会内における専門家の指導によって、暴力団関係者との交友を断ち、規則正しい生活を確立して、その改善、更生を図る余地も十分残されていると判断される。したがって、試験観察などにより、少年の動向を観察してその可能性を検討することなく、直ちに少年に対して中等少年院送致の決定を言い渡した原決定は時期尚早というべきであり、著しく不当であるといわざるを得ない。
よって、少年法33条2項、少年審判規則50条により、原決定を取り消し、本件を原裁判所である新潟家庭裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 角田正紀 裁判官 土屋哲夫 半田靖史)
受差戻審(新潟家 平12(少)533号 平12.10.27決定 保護観察)<省略>
〔参考〕原審(新潟家 平12(少)263、366号 平12.4.14決定)<省略>